

広島の復興を願って生まれたエスキーテニスを、
世界の復興に貢献できるスポーツへ
広島の復興を願って生まれたエスキーテニスを、
世界の復興に貢献できるスポーツへ
松林 薫教授
広島発祥のスポーツ、
エスキーテニスの研究、そして普及活動
戦後復興を願って。1948年に広島で誕生したエスキーテニス。その研究に取り組む松林教授は、学生が“ガクチカ”として自信を持って語れる経験を得られるよう、この活動を始めました。取り組みは研究会の発足を経て、全国大会への出場や学会発表へと大きく発展。また、松林教授はエスキーテニスの普及にも力を注いでおり、広島で芽生えたこのスポーツを、世界の復興に寄与できるものへと発展させたいと考えています。

「スポーツを通して平和を」という想いが
込められたエスキーテニス
戦争の爪痕が色濃く残る1948年、世界で初めて原爆が投下された街・広島で、新たなスポーツが誕生しました。それが、テニス・バドミントン・卓球の要素を組み合わせたエスキーテニスです。「スポーツを通して平和を」という願いを込め、原爆で愛娘を失った実業家によって、誰もが気軽に楽しめるスポーツとして生み出されました。松林教授は現在、そんなエスキーテニスの研究と普及活動を行っています。
「エスキーテニスは、場所を取らず、簡単につくれる安価な道具で子どもたちが楽しめるスポーツを提供したいという想いから誕生しました。実際、コートはテニスコートの8分の1の広さで、道具も木製のシンプルなラケットや軽いボールを使い、誰でもすぐに始められる点が特徴。戦後復興の最中で娯楽が少なかった時代に、手軽に楽しめるエスキーテニスは広島で瞬く間に普及していきました」
広島県出身の松林教授は、父親の影響で小学4~5年生の頃にエスキーテニスと出会いました。たまたま家の近くにコートがあり、家族や友人と楽しんでいたそうです。そんな子どもの頃の思い出のスポーツに注目するようになったきっかけは、学生たちの悩みに触れたことでした。
「大和大学ではクラス担任の教授が定期的に学生と面談を行うのですが、そのなかで『就職活動でアピールできるような“ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)”がない』という声が多かったのです。そこで、私が子ども時代に親しんだエスキーテニスに着目し、学生が主体的に取り組める活動として広めていくことを考えました」
松林教授はさっそく行動を開始し、エスキーテニスのPR動画を作成。他の教授の協力も得ながら授業で流し、学生を募集しました。その結果、20名ほどの学生が集まり、2025年5月に研究会が立ち上がったのです。
「エスキーテニスはコートが狭くて、主にダブルスが中心のため体力差が出にくく、どのような学生でも気軽に始められます。また、プレー人口がまだ少ないことから、ビギナーでも活躍できる機会が多い点も魅力です。実際、研究会が立ち上がってまだ数ヵ月ですが、すでに大会で優勝した学生もおり、女子チームは全国大会への出場も果たしました」

エスキーテニスの地域振興への
可能性について、学生が学会で発表
サークル的な活動と並行して、松林教授は学生たちとエスキーテニスに関する研究も進めています。実際に広島を訪れ、エスキーテニスの成り立ちや広島の復興で果たした役割などについて、フィールドワークを実施しました。
「考案者である実業家のひ孫にあたる方や、『日本エスキーテニス連盟』を取材したほか、愛好家の方々へのアンケート調査も実施。それらを整理・集約し、分析を行っていきました」
そして、ある学生はその成果を2025年9月に開催された「日本計画行政学会」第48回全国大会で発表しました。今回の学会テーマは「計画行政と地方創生2.0」。発表では、『ローカルスポーツを通じた地域振興~エスキーテニスを事例に』をタイトルに、エスキーテニスの地域振興への可能性を示しました。
「大学院生ではなく、学部生が学会発表を行うのは非常に珍しいケース。本当によく頑張ったと思います。ちなみに、別のテーマも含めると、この学会では大和大学の学生6名が発表を行いました。また、エスキーテニスとは異なるテーマですが、海外で開催された学会で発表を行った学生もいます」


エスキーテニスと出会ったことで、“ガクチカ”を見つけただけでなく、全国大会への出場や学会発表など、学生たちは大きな成功体験を得ることができました。
「そのほか、エスキーテニスの研究そのものを通して、多くの経験や学びを得ることができたと思います。取材に必要なコミュニケーションスキルやアンケート調査、データ分析のスキルは、その一例。今後は情報学部や工学部とも連携し、さらに専門性を磨くサポートをしていきたいと考えています」


エスキーテニスの魅力を、
全国ひいては世界へと広めていきたい!
松林教授がエスキーテニスに注目したのは、「学生たちのガクチカになれば」という気持ちに加え、この競技の魅力を広く伝えて、普及につなげたいという想いもあったからです。
「現在、エスキーテニスが盛んなエリアは、広島県を除くと福井県です。また、広島県に近い山口県や愛媛県でも普及しており、さらに愛知県尾張旭市のように、市がスポーツ施策の一環として普及・運営を支援している地域もあります。ただ、まだまだ競技人口が少ないというのが現状です」
2025年7月に学内で開催された「第3回やまと七夕フェスタ」では、エスキーテニスを体験できるブースを設置。また、戦争をテーマにワルシャワ大学の学生たちとの交流するなかで、復興のために生まれたエスキーテニスについて、学生たちが発表を行いました。
「直近では、堺市にある金岡公園のプールを利用した釣り場『金岡フィッシングパーク』と交渉し、水を抜いたプールの一部にコートを3面つくっていただくことができました。エスキーテニスを楽しめるスポットができることで、多くの人の目に触れる機会が増え、興味を持ってもらえるチャンスも広がっていくでしょう」
松林教授の今後の大きな目標は、ウクライナやガザといった紛争によって日常を奪われた地域の方々にエスキーテニスを楽しんでもらうことだそうです。
「もちろん、停戦が実現すればの話ではありますが、広島の復興を目指した人々の想いから生まれたエスキーテニスを、次は世界の復興に貢献できるスポーツへと育てていきたい。“平和教育”の一つの手法として、広島発祥のエスキーテニスを広げていくことを目標として、今後も学生たちと研究や普及活動に取り組んでいきたいです」


松林 薫教授
京都大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修了。その後は、15年間にわたって大手経済新聞社で記者として活躍する。2014年に独立し、報道イノベーション研究所を設立。関西大学総合情報学部の特任教授を経て、2022年からは大和大学社会学部で教鞭を執る。



