

AI×マルチエージェントシミュレーションで、
災害に強い社会づくりに挑む
AI×マルチエージェントシミュレーションで、
災害に強い社会づくりに挑む
謝 孟春教授
AIを融合させた
マルチエージェントシミュレーションによる防災研究
人やクルマ、ロボットなどを仮想の「エージェント」として設定し、AIを組み合わせたマルチエージェントシミュレーションによって、社会の動きや避難行動をコンピュータ上で再現する防災研究に取り組む謝教授。個々の行動の積み重ねから生まれる秩序や混雑を解析し、災害時における最適な避難ルートや効果的な施策を明らかにすることで、地域の防災計画や災害に強い社会づくりに貢献することを目指しています。

シミュレーションを活用し、
災害時に役立つ避難シナリオを導き出す
謝教授は長年にわたり、マルチエージェントシミュレーションとAIを融合させた防災研究に携わってきました。マルチエージェントシミュレーションとは、人やクルマなどを「エージェント」としてモデル化し、それぞれが周囲と相互に影響し合うことで生まれる社会的現象をシミュレーションする手法です。それを活用することで、より安全かつ効率的な避難方法を明らかにし、災害に強い街づくりや防災計画に反映させる取り組みを進めています。
「人間の行動を模倣して状況に応じて判断する『エージェント』を作り、地域ごとの特徴や避難ルート、徒歩かクルマかといった移動方法を反映させます。そして、地震などの災害発生時にどのように避難するのが最適かを、コンピュータ上でシミュレーション。これにより、万が一の際に役立つ避難シナリオを導き出すことができるのです」
大和大学に赴任する前は、福井工業高等専門学校で5年間、和歌山工業高等専門学校で23年間教鞭を執っていた謝教授。学校がある御坊市は海沿いで海抜が低いため、もしも南海トラフ地震が発生した際、沿岸部では津波のリスクがあります。そこで謝教授は、マルチエージェントシミュレーションを用いて、地域の地形や避難経路、移動手段などを考慮しながら、人々がどのように避難すればいいのかをモデル化しました。
「その結果、既存のハザードマップどおりに行動を起こすと、渋滞や危険箇所に遭遇する可能性があることが明らかになりました。また、国の防災マニュアルによると、『津波発生時は原則として徒歩で避難する』という指針が示されています。けれども、このエリアは高齢者が多いことから、クルマで避難したほうが避難率が高まることが判明しました」
AIを融合させたマルチエージェントシミュレーションの可能性は、防災だけにとどまりません。災害で人が立ち入れない場所での、ロボットによる救助活動にも応用できるそうです。
「防災に関するマルチエージェントシミュレーションは、設定や条件などの細かなルールを決めて実施しました。いっぽう、救助活動では機械学習を用い、『エージェント』であるロボットが自ら判断し、負傷者を効率よく救助できる方法を模索。ロボットは現場の状況を学習し、負傷者や障がい物の位置、がれきの状況などを踏まえ、最適な行動を選べるよう設計しています」

人々の行動や社会の動きを
コンピュータ上で“再現”する研究
謝教授の研究は、マルチエージェントシミュレーションを用いて、人や組織の意思決定や集団行動の成り立ちを解明することを目的としています。コンピュータ上で社会全体の動きを再現することで、安全で効率的な避難計画や防災施策の設計に直結する知見を得ることが可能です。
「マルチエージェントシミュレーションを活用することで、災害時にどの場所でどのような行動をした人が被害を受けやすいかを可視化できます。これにより、具体的な避難方針や対策の検討に役立てることが可能になるのです。実際、私のシミュレーション結果をもとに、御坊市の避難方針の改善について助言しました」
謝教授によると、この研究の魅力は人々の行動や社会の動きをコンピュータ上で“再現”できる点にあるそうです。人やクルマ、ロボットなどを仮想の「エージェント」として設定するマルチエージェントシミュレーションでは、それぞれが周囲と関わりながら行動する様子をモデル化。個々の単純な行動の積み重ねから、まるで本物の社会のように秩序や混雑といった現象が自然に生まれるのがおもしろいのだとか。
「特に災害時の避難行動を再現すると、意外な場所で混雑が発生したり、わずかな行動の違いで被害の大きさが変わったりすることがわかります。こうしたシミュレーションを通じて、より安全で効率的な避難の仕組みを見つけられるのは、この研究ならではの醍醐味だと言えるでしょう」


ただ、「実際の人間の判断や行動の多様性をどうモデル化するかが難しい」と謝教授。災害時には、冷静に行動できる人もいれば、パニックに陥る人や周囲に影響されやすい人など、さまざまなタイプが存在します。さらに、人は必ずしも合理的に行動せず、心理的要因や周囲との関係が大きく影響するため、“人間らしさ”をどうシミュレーションに反映させるかが今後の課題です。
「研究の最終的な目標は、災害に強い社会づくりに役立つシミュレーションを確立することです。さらには、災害発生時にどの避難経路が安全か、どの施策が被害を減らす有効な方法かを直感的に理解できるツールを手がけること。行政や地域がより現実的で効果的な防災計画を立てる際の一助となれれば、これほどうれしいことはありません」


「国づくりは人づくり、人づくりは教育から」に共感
謝教授は和歌山工業高等専門学校で副校長まで務め、2025年4月に大和大学へ赴任しました。定年を迎えたにもかかわらず、セカンドキャリアを積極的に切り拓いた理由は、田野瀬良太郎総長の「国づくりは人づくり、人づくりは教育から」という言葉に感銘を受けたからだそうです。
「私自身、そういった想いを大切にしながら、長年若者たちの教育に携わってきました。人を育てることこそが、国の明るい未来につながると信じています。教え子たちが、各分野の第一線で活躍しているという話を聞いたときの喜びはひとしお。この仕事を続けてきてよかったと、心から思える瞬間です」
謝教授のもとで学ぶことで、学生たちはプログラミングやAI技術だけでなく、社会の仕組みをモデル化して理解する力を養うことができます。また、単に理論を学ぶだけではなく、実際にシミュレーションを作り、自分のアイデアが社会の課題解決に役立つ体験ができるのも特徴です。
「AIを融合させたマルチエージェントシミュレーションは、さまざまな社会課題の解決に活かすことができます。今後は、学生一人ひとりの興味や関心を大切にしながら、この技術を社会に役立てる方法を共に探っていきたいです」
「若者の教育に携われるこの仕事こそ、私の天職」と力強く語る謝教授。赴任して間もないこともあり、まだ教育方針は模索中だそうですが、将来的には研究の成果を学会で発表できるレベルにまで学生たちを引き上げたいと考えています。
「そうした大きな目標を持って研究に取り組むことは、学生たちのモチベーションにもつながるでしょう。また、理工学部には複数の専攻の専門知識を同時に学べるだけでなく、卒業研究を通して社会の課題を解決する力を養える教育・研究環境が整っています。学内だけで完結せず、自治体や地域と連携しながら研究を進められる点も、大きなやりがいにつながるはずです」


謝 孟春教授
中国・西安理工大学大学院機械設計専攻修了。中国理工大学機械工学科で助手・講師を務めた後、国費留学生として日本へ。福井大学大学院工学研究科博士後期課程システム設計工学を修了後、和歌山工業高等専門学校などで活躍。定年退職後の2025年4月に大和大学へ。



