

人間を深く理解する心理学の研究を、
人と共存できるロボットの開発につなげたい
人間を深く理解する心理学の研究を、
人と共存できるロボットの開発につなげたい
小原 宏基准教授
よりよい社会の実現につながる、
知覚心理学と臨床心理学の研究
ロボットの研究に携わった際、より人に近づけるためには心理学が必要だと考え、心理学の世界へ飛び込んだ小原准教授。現在は、知覚心理学と臨床心理学の両分野で研究を行っています。知覚心理学では、「垂直-水平錯視」をテーマに、目や脳による視覚情報の処理と、錯視が生じる仕組みの解明に注力。いっぽう、臨床心理学では「思考場療法」の効果研究など 心身の健康に関する研究を通じて、実社会で心の健康に役立つ知見の蓄積を目指しています。

「垂直-水平錯視」を通して、
人間の視覚の仕組みを探る
小原准教授の研究のひとつは、見たり、聞いたり、触れたりしたときに、人の脳がその情報 をどのように処理しているのかなどを明らかにする知覚心理学です。なかでも視覚、とりわ け錯視を題材にした研究に注力。例えば、同じ⻑さの線であっても、垂直の線のほうが水平 の線よりも⻑く見えてしまうという「垂直-水平錯視」を通して、人間の視覚の仕組みを探 っています。
「そもそもは、視知覚機構の解明を目的に、目に入った情報を脳が処理する過程で、現実とは異なる形や大きさ、色、動きなどに見えてしまう錯視を使った研究を進めようと考えていました。その一環として『垂直-水平錯視』について調べていたところ、これまで常識とされてきた理論に疑問が湧いてきたのです」
「垂直-水平錯視」は、縦横の⻑さが同じ逆 T 字型や T 字型の図形を観たときに、縦の線の ほうが⻑く見える現象です。そして、その見え方の強さの要因はたくさんありますが、例え ば線が交わる位置、つまり接点の位置によって変化することが知られています。
「そのこと自体は以前から言われていて、縦線が横線の中心に近づくほど、縦がより長く見えると考えられていました。ところが、私が実際に実験をしてみると、どうもそうではないことがわかったのです。結果を分析すると、錯視の強さはV字型のように単純に変化するのではなく、M字型のパターンを示していました。この発見は、人の見え方が単なる位置関係だけでは説明できないことを示しています」
縦の線のほうが長く見える「垂直-水平錯視」には、これまでの理論よりもさらに複雑な知覚の仕組みが関係していると考えた小原准教授。接点の位置だけにとどまらず、設定をいろいろ変えながら、さらに研究を深めていきました。
「図形を回転させたり、図形を見る部屋の明るさを変えたり、図形を見上げたり見下ろしたりしながら、縦横の長さの“見え方”の違いを検証。結論として、『垂直-水平錯視』の原因は、図形の形や接点の位置といった単純な要因だけでなく、人間の空間認知という、より立体的な知覚メカニズムも関係していることが明らかになりました」

研究を通じて、「思考場療法」の
効果を裏付けることに成功
知覚心理学の研究と合わせて、臨床心理学に関連した心理療法の研究にも携わっている小原准教授。そのひとつが、「思考場療法」の効果研究です。『思考場療法』とは、特定のツボを指で軽くタッピング(刺激)することで、心の不安やトラウマ、恐怖症、ストレス反応などの心理的苦痛を和らげようとする療法のことです。
「苦手な場面や嫌な記憶を思い浮かべながら、額や頬骨の下、鎖骨の下、手の甲など、特定のツボを一定の順番で軽くトントン叩くと、心のなかにある負の感情が少しずつ和らいでいくという効果が期待できます。ただ、エビデンスがじゅうぶんに確立されているとは言えませんでした」
そこで小原准教授は、不安や緊張などの感情が身体感覚に与える影響に注目し、「思考場療法」がその改善に役立つかどうかを検証する研究をスタートしました。
「具体的には、身体の一部を押したときに痛みを感じる箇所、いわゆる圧痛領域に着目。感情の変化と身体の痛みの関係を調べていきました」


元々、あるツボを刺激することで心身のバランスが整うということが言われており、圧痛領 域は心身のバランスを示していると言われていました。そこでそのことを証明するために実験参加者自らが身体の特定部位を軽く揉んで痛みの強さを測定し、その後に「思考場療法」の特定のツボの刺激を実施。ツボをトントン刺激したあとに再び同じ部位を押して、痛みの 感じ方の変化を比較しました。すると、「思考場療法」を行ったグループでは痛みが明らか に和らぎ、心身のバランスが整う傾向が見られたといいます。
「この結果から、ツボ刺激を通じて心身双方の調整が行われている可能性があるということがわかりました。つまり、圧痛領域は心身のバランスを反映する身体的サインとして活用できる可能性があり、『思考場療法』をより簡単に活用することができる研究であると言えるでしょう」


「人の役に立ちたい」という想いが、
大きな原動力に
ロボットを人間に近づける研究を進めるなかで、小原准教授は人の心の仕組みに強く惹かれて心理学の道へ転身。基礎から学び直し、公認心理師と臨床心理士という資格を取得しました。
「ロボットと心理学ではフィールドがまったく異なりますが、『新しいことを解明する』という研究の本質的なおもしろさは共通しています。誰も知らないことを、自分の手で明らかにできる喜びは格別。それを味わえることに、とても幸せを感じています」
小原准教授によると、「垂直-水平錯視」の研究では、人間のまだ解明されていない機能に迫れることがおもしろいといいます。
「日々の生活のなかで、人は自分自身のことは何でも理解しているように思いがちですが、実際には目の機能ひとつとっても、いまだに明らかになっていないことが多いのです。その未知の領域を少しずつ明らかにしていくプロセスこそ、この研究の醍醐味だと言えるでしょう」
小原准教授は、「研究にゴールなどない」という想いのもと、日々精力的に研究活動に取り組んでいます。ひとつの研究が終わると、次の疑問が生まれ、また新たなテーマへとつながっていく。それこそが、研究の本質だと感じているそうです。だからこそ、「死ぬまで現役で研究を続けたい」と話します。
「私のモチベーションの源は、人の役に立てる研究がしたいという気持ちです。『垂直-水平錯視』の研究では、人間の見え方のメカニズムを明らかにすることで、より人間らしいロボットの開発への一歩になると考えています。将来的には、工学と心理学の知見やノウハウを駆使し、例えばドラえもんのように共感のできるロボットを手がけてみたいです。また、心身の健康に関する研究は、現代社会への貢献にもつながります。人間の健康維持や心身の安定に寄与し、増加するストレスへの対策の一助として活かすことができるでしょう」


小原 宏基准教授
和歌山大学と同大学院で、ロボットの研究に携わる。その後、帝塚山大学大学院心理科学研究科で心理学を学び、公認心理師と臨床心理士の資格を取得。奈良工業高等専門学校で、カウンセラーとして働いた経験も持つ。2025年4月、大和大学社会学部社会学科の准教授に就任。



