共助社会づくりの大きなヒントとなる、
「新しい公共」の先駆けモデルを目指す
共助社会づくりの大きなヒントとなる、
「新しい公共」の先駆けモデルを目指す
樋口 浩一教授
住民主導型コミュニティバスの
成立要件と発展可能性
路線バスの廃止や減便、自治体の財政難や人手不足が続くなか、持続可能な交通インフラとして注目を集める住民主導型コミュニティバス。行政側からその立ち上げをサポートした経験を持つ樋口教授は、現状の課題や法制度の問題点などを調査・検証し、住民主導型コミュニティバスを普及させるための研究を行っています。
住民主導型コミュニティバスの
普及促進を目指して
車を運転できない方にとって、路線バスはなくてはならない交通インフラです。ところが、人口減少や過疎化などの影響を受け、路線の廃止や減便が相次いでいるのが現状。国土交通省が2019年に発表した『地域交通をめぐる現状と課題』によると、路線バス事業者の約7割が赤字で、廃止路線は2007年度からの10年間だけでも13,991キロに及ぶとされています。
「路線バスが厳しい状況のなか、高齢者や学生といった交通弱者の移動手段を確保するために、多くの自治体では独自にコミュニティバスを運行しています。ところが、財政やマンパワーに限界があるため、導入や維持継続に困っている自治体があるのも事実です」
そんななか、地域住民が自治組織を結成し、自主的にコミュニティバスを走らせるケースがあるといいます。
「地域住民主体のコミュニティバスの運行は、“官”でも“民”でもない、また“公”でも“私”でもない、『新しい公共』の先駆け的存在。互いに支え合う共助社会づくりの大きなヒントを与えてくれます」
ところが、既存事業者の利益保護を目的とした現在の法律上の制約から、住民主導型コミュニティバスの運行がスムーズにスタートしたケースはそう多くはないそうです。
「高齢化が今後さらに進むなか、地域住民の足の確保はますます重要性を増していくでしょう。住民主導型コミュニティバスの普及促進のためにできることを探ることが、私の研究テーマです」
住民主導型コミュニティバスに関する
法制度の改革や支援組織の創設へ
樋口教授が住民主導型コミュニティバスを研究対象にすることになったきっかけは、自身の体験にあるそうです。実は樋口教授は、37年間にわたって地方行政に携わってきた経験の持ち主。仕事の一環で、住民主導型コミュニティバスの立ち上げをサポートしたことがあるといいます。
「地元の福祉施設の協力を得て、昼間使っていない利用者送迎用のバスを活用して有志のボランティアがコミュニティバスを走らせようという計画でした。バスもドライバーも確保できていることもあり、当初は簡単に実現するものと思っていたんです。ところが、そう甘くはありませんでした」
住民主導型コミュニティバスを走らせるためには、法律的に既存事業者の同意が必要に。その調整が想像以上に大変で、実質2年ほどの期間を要したそうです。
「最終的には、無事にコミュニティバスの運行をスタートさせることができました。でも、利益目的ではない地域住民たちの自発的な活動であるにもかかわらず、さまざまな法制度の壁にぶつかったのです。そのときに感じた違和感が、今の研究の原動力になっていると言えるでしょう。またこの経験を通して、地域住民との調整や既存事業者との交渉、説得など、地道なやりとりを繰り返すことで生まれる信頼関係が、コミュニティビジネスやコミュニティプロジェクトのベースとなることを肌で学ぶことができました」
このことからもわかるように、樋口教授の強みは長年地方行政に携わってきたことによる“実践知”があるところ。「実務家兼研究者」の二刀流で、当事者にしかわからないことを踏まえたうえで研究を進めています。
「今は、複数の自治体の事例について研究を深めている段階。同時に、各自治体や地域へのヒアリングなども行っています。研究をして終わりではなく、最終的には住民主導型コミュニティバスに関する法制度の改革や支援組織の創設へとつなげていくことが理想です」
絶対的な正解も完全な間違いもないからこそ、
政策学は現場が大事
政治・政策学科は、政治行政学科からの名称変更によって2022年4月に誕生した新たな学科です。政策学というのは、社会問題を解決するための方法を研究する、最先端の社会科学分野。学生たちの学びにとって、樋口教授の“実践知”は大きな魅力になるはずです。
「公務員時代、住民主導型コミュニティバスの導入のほかにも、公営鉄道の民営化(株式譲渡)、自治体関連のIT企業の会社精算、阪神・淡路大震災の避難所の運営管理など、さまざまな経験をしてきました。これらから得た“実践知”をフル活用し、研究と教育を行っています」
政策学には、絶対的な正解もなければ完全な間違いもないと樋口教授。物事に対するさまざまな見方や考え方に触れ、自分の頭で考えて最適解を見つけるためには、現場に入って自分の目で見て話を聞く、地道な姿勢が欠かせないといいます。
「私のゼミでは、テーマに即した実地調査やヒアリングを重視。また、講義でもテーマごとに自身の失敗例を含む経験談と、その教訓を伝えるようにしています」
樋口教授は、公務員という仕事の魅力を発信して、志望者を増やすことにも力を注いでいます。講義やゼミでの情報提供はもちろん、政治経済学部の情報共有サイト『公務員研究の広場』を通して、行政実務のおもしろさや公務員という仕事の魅力を発信。学生たちと密に、情報交換や情報共有を図っています。
「税金や福祉、まちづくりや環境をはじめ、行政の仕事のフィールドは多彩。地域を支えるさまざまな仕事を通して、幅広い経験ができるのが特長です。行政実務の魅力を広めていくことも、私のミッションだと言えるでしょう」
樋口 浩一 教授
京都大学法学部を卒業後、地方公務員として37年間、政令指定都市の行政業務に携わる。在職中、関西大学で政策学を学び、修士・博士号を取得。定年退職後の2019年9月に大和大学政治経済学部の非常勤講師となり、現在は教授として教鞭をとっている。