

野球の打者を評価するための指標、
「OPS」のブラッシュアップに挑む
野球の打者を評価するための指標、
「OPS」のブラッシュアップに挑む
谷川 明夫教授
野球における打者の評価を
データ解析によって明確にする研究
世の中のランダムな現象について、数学的手法を用いて考察する研究を手がけている谷川教授。線形確率システムの最適フィルターやスムーザーの研究、微分ゲーム問題の数値解法の研究は、その一例です。学生に応用数学を身近に感じてもらうために、現在はデータ解析によって、プロ野球の打者を再評価する研究にも注力。研究の成果を実社会に活かせる可能性がある点が、大きなやりがいにつながっているそうです。

数学を用いて、
世の中のランダムな現象を考察
長年、応用数学の研究に携わってきた谷川教授。応用数学とは、数学の理論や手法を実際の問題や現象に役立てる数学のことで、工学・科学・経済学・医学をはじめ、多岐にわたる分野で活かされています。
「私が主に手がけているのは、応用確率論や確率システム論を用いた研究。応用確率論とは、多くの分野で見られる不確実性を理解してランダムな現象をモデル化し、解析するための強力なツールです。いっぽう、確率システム論とは確率的な要素を含むシステムをモデル化し、解析するための理論のこと。不要なデータや誤差が存在する場合でも、システムの動作を理解し、予測するのに役立ちます。わかりやすく一言で言えば、世の中のランダムな現象について、数学を用いて考察する研究だと言えるでしょう」
谷川教授の大きな研究テーマのひとつが、線形確率システムの最適フィルターです。これは、観測データから物体の位置や速度をもっとも正確に推定するための数学的手法のこと。線形確率システムにはノイズ(不要なデータや誤差)が含まれていることが多く、フィルターを用いてそれを取り除くことで、データの精度を高めることができるのです。
「もっとも有名な線形確率システムの最適フィルターは“カルマンフィルター”と呼ばれるもので、実はロケットや人工衛星などの正しい位置や速度を測定する際に活用されています」


人工衛星やロケットの位置や速度を測定する際、さまざまな現象の影響を受けるため、観測データにランダムなノイズが生じるのだとか。“カルマンフィルター”を用いてそれをカットすることで、人工衛星やロケットの状態をリアルタイムで正確に推定することができるそうです。
「“カルマンフィルター”は宇宙開発だけでなく、工学の幅広い分野に応用されています。例えば、GPSやロボットの正しい状態を推定するためにも用いられているのです」


データ解析によって、
プロ野球の打者を再評価
応用確率論や確率システム論、線形確率システムの最適フィルターといった専門用語が次々に出てくるので、応用数学の研究は難しそうと感じる人もいるかもしれません。そんななか、谷川教授は身近な研究テーマを用いて、応用数学のおもしろさを学生たちに伝えています。
「具体的には、プロ野球における打者の成績をデータ解析で再評価。各打者を評価する指標のひとつとして、打率・打点・本塁打数・出塁率・長打率などのデータが公表されています。これらのデータから各打者を総合的に評価することはできますが、その中のたった1つのデータで打撃力を完璧に測ることはできません」
そこで、打者を評価する指標として、最近は「OPS(On-base Plus Slugging)」が用いられています。出塁率と長打率を足し合わせたもので、打席あたりの総合的な打撃貢献度を表すことが可能。その数値が高ければ高いほど、チームの得点に貢献しているということになり、打者の攻撃力を測る大変優れた指標です。
「現在、私の研究室では、『OPS』を改良した指標の提案に向けた研究を進めているところ。その数学的な根拠についても、明らかにしつつあります」


研究には、野球における数理モデルとして有名な「OERAモデル」を採用。選手ごとの個人成績データをもとに、一塁打・二塁打・三塁打・本塁打・ファーボール・アウトなどの確率を導き出し、1試合の全打席にその選手が立った場合に、得られる得点の平均値としてOERA値を算出していくそうです。
「OERA値とOPSの相関を調べながら、研究を進めているところ。すでに、公式を見つけ出す段階まできており、大きな手応えを感じています。もしも『OPS』を改良した私たちの指標が野球界に採用されたら、と想像するだけでワクワクします」


応用数学の魅力は、
数学の理論や手法を社会に役立てられること
主に理論研究を行う数学と違って、応用数学の特徴は数学の理論や手法を実際の問題や現象に役立てられること。谷川教授によると、その点が研究の醍醐味であり、おもしろさだといいます。
「しかも、プロ野球のバッターの打撃力といった身近な話題において、データ解析によってこれまでなかった指標を示せるチャンスがあります。ですから、高いモチベーションで研究に打ち込むことができるでしょう」
また、応用数学はあらゆるジャンルに活かすことができる学問。野球のように自分が興味ある分野で研究テーマを見つけることができるかもしれません。そうすると、研究に打ち込むことがより楽しくなってくるはずです。
「大学で身につけた応用数学の知識やデータ解析のスキルと、独自の視点やアイデアを掛け合わせれば、可能性は無限に広がっていると言えます」


野球の打者の成績以外にも、世の中にはランダムな現象がたくさんあります。それらを数学的アプローチを用いて考察することで、これまでの常識を覆し、新たなスタンダードを構築できる可能性もあるでしょう。
「そのためにも、既存の理論を受動的に学習するのではなく、能動的に学び、アクティブに研究に打ち込んでください。そして、自分ならではの新しいアイデアで、世の中の“既存の定説”を覆してもらいたいですね」



谷川 明夫 教授
1982年、ワシントン大学(セントルイス)大学院博士課程卒業。1988年に、金沢大学工学部の講師となる。2001年に大分大学工学部教授に就任し、2003年から大阪工業大学情報科学部教授として活躍。2020年に大和大学理工学部教授に就任し、応用数学の研究に携わりながら、学生たちの指導にあたる。